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【聖書でドイツ語】 神の言葉は滅びない

ドイツ語で聖書を読んでいると、一般的に使う単語でも、調べてみると雅語ということがある。
辞書によっては文語と書いてある場合もある。

本日のローズンゲンの新約聖書では、vergehen という自動詞が出てくる。
以下に示すように、雅語としての意味もある。

vergehen* verging / vergangen 自動詞 (s)
1 (時が)過ぎ去る,経過する,過去のものとなる;((雅)) (世代などが)滅び去る

マタイによる福音書第24章35節
Luther 2017: 35 Himmel und Erde werden vergehen; aber meine Worte werden nicht vergehen.

聖書協会共同訳:35 天地は滅びるが、私の言葉は決して滅びない。

イザヤ書第40章8節も引用しておこう。
8 Das Gras verdorrt, die Blume verwelkt, aber das Wort unseres Gottes bleibt ewiglich.
8 草は枯れ、花はしぼむ。 しかし、私たちの神の言葉はとこしえに立つ


vergehen* verging/vergangenI 自 (s)1 (時が)過ぎ去る,経過する,過去のものとなる...
vergehen


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ジャンル : 学問・文化・芸術

【聖書でドイツ語】 2格名詞付加語の前置: der Engel des Herrn = des Herrn Engel (主の天使)

ドイツ語の名詞の格変化を勉強し始めた頃は、2格(属格)名詞は後置して、付加語として先行する名詞を修飾すると習う。
しかし、しばらくすると、2格名詞を前置することもあると学ぶ。

ここは聖書からドイツ語の例文を引用するコーナーなので、「主の天使」で示そう。

通常の2格付加語の順序:    der Engel des Herrn
2格付加語を前置する場合: des Herrn Engel

2格付加語を前置すると、Engel は無冠詞になることに注意したい。

この2つの例が出てくるのが、本日のローズンゲンである。

詩編34編8節
8 Der Engel des HERRN lagert sich um die her, die ihn fürchten, und hilft ihnen heraus.
8 主の使いはその周りに陣を敷き 主を畏れる人を守り助けてくださった。


ルカによる福音書第2章9~10節
9 Des Herrn Engel trat zu den Hirten, und die Klarheit des Herrn leuchtete um sie; und sie fürchteten sich sehr. 10 Und der Engel sprach zu ihnen: Fürchtet euch nicht! Siehe, ich verkündige euch große Freude, die allem Volk widerfahren wird.
9 すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。10 天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。」



【聖書でドイツ語】 わたしはあなたをいやす主である (出エジプト記第15章26節)

日々の聖句(Die Losungen)は、日本語版も入手できるが、ドイツ語の勉強も兼ねて、あえてオリジナルのドイツ語版を読んでから、日本語聖書を読むようにしている。

その Die Losungen(ローズンゲン)のサイトでは、個人向けサービスの1つとして、誕生日や受洗日などの、その当日のローズンゲンを教えてくれる。
www.losungen.de/service/ihre-persoenliche-losung/

家族や知人に贈るために有料でカードに印刷してくれるが、電子メールを送ってもらうだけならば無料だ。

ということで、私は自分の受洗日の2013年3月17日を入力して、その日のローズンゲンを送ってもらうことにした。
2日後にドイツ語の電子メールが届いた。
そして以下の聖句が書かれていた(日本語は新共同訳)。

出エジプト記第15章26節(一部)
26 Ich bin der HERR, dein Arzt.
わたしはあなたをいやす主である


ルカによる福音書第8章47~48節(一部)
47 Die Frau verkündete vor allem Volk, warum sie Jesus angerührt hatte und wie sie sogleich gesund geworden war. 48 Er aber sprach zu ihr: Meine Tochter, dein Glaube hat dir geholfen. Geh hin in Frieden!
47 女は、触れた理由とたちまちいやされた次第とを皆の前で話した48 イエスは言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。

verkünden 他動詞 (h) 1 公<一般>に知らせる,告知する,発表<公表>する. 2 = verkündigen 1
verkündigen 他動詞 (h) 1 ((雅)) 預言する,(神の教えなどを)告知する

an|rühren 他動詞 (h) 1 ((jn.et.4)) (…にちょっと)触れる

日々の聖句はくじ引きで決められており、私が洗礼を受けた日の聖句が、この個所になった理由は神のみぞ知るである。
ただしキリスト者は、偶然と思われる出来事であっても、そこに神の御計画が現れていると考えるものだ。

私は聖書を読んで、教会で礼拝を共にするうちに、これまでの人生を振り返って、姉が障碍者である意味などを、より深く考えるようになった。
また、東日本大震災後の暗く沈んだ心に、礼拝での祈りによって明るい光が差し込んだように思え、光の道であるイエス・キリストに従う気持ちが生まれた。

まさに、神は傷ついた私をいやしてくれる主であり、洗礼前に行われた信仰告白では、イエス・キリストに出会っていやされたことを長老たちの前で話した。

そして、私の信仰告白の一部は、受洗した日の礼拝の説教でも紹介され、更に会報にも信仰告白の一部を書いたため、「皆の前で話した」のである。

実は、2013年のイースターは3月31日であり、私の受洗記念日3月17日は、その2週前である。
私の教会では、聖礼典を行うのは同じ日に1つだけという方針だったため、聖餐式のあるイースター当日には洗礼式をしなかった。

では、イースター当日の Losungen はどうだったのか、別のサイトで調べてみると、私が好きな詩編91編の4節後半と、ルカによる福音書第24章5~6節であった。

詩編91編4節の後半は、「神のまことは大盾、小盾」で、ルカによる福音書の個所はイエス・キリストが復活して墓が空だったという部分だ。

神様が私たちを守っており、そして主イエス・キリストが復活したということも、イースターの時期には確かに素晴らしい聖句だが、私の信仰告白を伴う洗礼に対しては、やはり3月17日の聖句しかなかったと言える。

しつこいようだが、イースター1週前の3月24日は、詩編119編14節 「どのような財宝よりも あなたの定めに従う道を喜びとしますように」 は、洗礼の日に合っていると思うが、ヘブライ人への手紙第13章20~21節は少し違うと感じる。

3月10日は、詩編119編81節一部 「わたしの魂は あなたの救いを求め、あなたの御言葉を待ち望みます。」と、ヘブライ人への手紙第11章1節も、洗礼を受けて信仰生活に入る時にふさわしい御言葉かもしれない。

長老会の受洗者試問会で信仰告白をした3月3日は、イザヤ書65章1節後半 「わたしの名を呼ばない民にも わたしはここにいる、ここにいると言った。」と、マルコによる福音書第15章39節一部 「百人隊長は、『本当に、この人は神の子だった』と言った。」 は、信仰告白の日に合っていると思う。

これを単なる偶然と考えるのか、それとも「神様が Losungen を選び、私の信仰生活を導く御言葉を与えてくださった」と考えるのか、それが信仰者となるかどうかの違いだろう。


洗礼を受けてキリスト者になったからといって、順風満帆な人生に劇的に変わるわけでもなく、苦しみは続くものだ。

しかし、イエス・キリストに出会い、「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。」と宣言されたのだから、苦難の先には喜びがあると信じて、この信仰の道を迷わず歩んで行きたい。

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アンゲラ・メルケル 「わたしの信仰:キリスト者として行動する」(新教出版)

先月下旬、2017年に出版されたアンゲラ・メルケル独首相の教会などでの講演を収めた本、"Daran glaube ich: Christliche Standpunkt" の和訳が刊行された。

大量の難民を受け入れるという人道的判断をしたメルケル首相の行動の基盤に、キリスト教の信仰があることが理解できる資料である。
出生前診断や安楽死などの生命倫理の問題について、聖書を引用しながら考えているということも、キリスト者にとって参考となる姿勢だ。

新教出版の紹介サイトは次のリンク。
www.shinkyo-pb.com/2018/08/24/post-1309.php

キリスト教メディアのクリスチャンプレスでの紹介記事は次のリンク。
www.christianpress.jp/daran-glaube-ich-christliche-standpunkte-angela-merkel/

また、ドイツ語原著の発行元の紹介サイトは次のリンク。
www.st-benno.de/shop/angela-merkel-daran-glaube-ich.html

ドイツ語原著はまだ購入していなかったので、アマゾンで注文しておいた。
今回発行された和訳は、紀伊國屋書店で注文して、本日午前中に自宅に届いた。

今日は教会で聖書研究会・祈祷会があったので、その移動中に電車内で4分の1ほど読んだ。
まず初めに、「V 難民危機とその結果」 から、「人々の連帯と開かれた社会とは矛盾しない」 を読んだ。

連帯ということでシリア難民の話があり、「ドイツは法治国家です。法治国家は助けを必要とする人に援助を提供します。… 現在のドイツは、多くの人たちが逃げてきたいと思う国になっています。ここには秩序があり、法と人間の尊厳が保証されています。」とあり、誰かに聞かせたい言葉だ。

また、国内の「異なる世代間の連帯」にも話が及び、そして最後に強調しているのは「宗教の授業の重要性」である。

「なぜなら宗教の授業では、良心の問題、心の教育が大切になるからです。宗教はわたしたち自身の人生に関わるだけでなく、それ以上に、…神の被造物としてのわたしたちの人生の大きな関連性を扱うからです。」

キリスト教徒の割合が減少しているドイツでは、宗教の授業を倫理に変えようとする動きもあるが、難民支援やボランティア活動など、外に開かれた社会における人々の連帯を強めるために、キリスト教の教育は役立つであろう。

そして最初に戻って読んでいたところ、「I 信仰と告白」 の 「わたしの人生の規範」 で引用された、ミカ書第6章第8節の聖句が印象に残った。
 その部分を新共同訳から引用しよう。

人よ、何が善であり 主が何をお前に求めておられるかは お前に告げられている。
正義を行い、慈しみを愛し へりくだって神と共に歩むこと、これである。


この部分は、「神を愛し、隣人を愛すること」 を別の表現で伝えているものだ。
このように明確に提示されているものの、不完全な罪深い私たちには、実践することは困難である。
それでも、その課題にチャレンジし、神から与えられた試練を忍耐して、その先に恵みや喜びがあると信じて行動したいものだ。


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映画 「ゲッベルスと私」 を観ました

前売り券を購入していた、オーストリアのドキュメンタリー映画、「ゲッベルスと私」 であるが、本日初日に観た。

午後に教会の用事があって都内に移動した。
16時頃に終わり、雨も降っていないので、岩波ホールに移動して映画を観ることにした。
翻訳関連の書籍が紀伊国屋書店に届いているのだが、明日受け取ることにしよう。

17時頃にチケットを引き換えて、18時半からの上演の整理券をもらうと、番号は一桁。
つまり確実に観られるわけだ。
それほど注目されていないのか、テーマが重いためなのか、チケット売り場で並ぶことはなかった。

ドイツ語映画ではあるが、インタビューに答えるブルンヒルデ・ポムゼルさんの話し方はゆっくりなので、ほぼ聴きとることができた。
そのゆっくりと話すスピードに合わせて、日本語字幕も出てくるので、通常の映画とは異なり、内容を90%以上は再現できていた。

ゲッベルスのもとで働いていたとはいえ、当時の一般的なドイツ人、政治に興味がなかった人々、ナチスに抵抗しなかった大衆の気持ちを知ることができたと思う。
仕事をもらうためにナチスに入党し、与えられた仕事を義務感をもって遂行するというのは、当時の価値観では当然だったであろう。

宣伝省で働いていながら、強制収容所の実態を全く知らなかったというのは疑問点ではあるが、自分の仕事をすることだけを考えていれば、あえて知ろうとはしなかったとしても不思議ではない。

印象的だったのは、ゲッベルスのことを 「Schauspieler(役者)」 と表現していたことだ。
「演技力であの人に勝てる役者はいない」ため、小さな体ではあっても、大衆を熱狂させることができた。

また、途中に何度か挿入されていたゲッベルスの演説や発言から、現代も類似のことが起きているのではないかと危惧している。
あの時のドイツでは、あのような政権を生み出してしまったが、政治に興味を持たなかったり、自分の生活だけを優先しているうちに、同じ過ちを犯してしまうのではないだろうか。

いろいろと書きたいことはあるが、それはこれからさらに考えを深めてから、いつか表現したいと思う。

重いテーマのため、楽しむ映画ではないかもしれないが、それぞれが自分の生き方の課題として考えるということが大切ではないだろうか。


私が映画館に行くのは、年に1回くらいだ。どうしても観たいと思うテーマの映画を厳選しているため、少なくなってしまう。DVDを購入することもあるが、最近はauひかりTVで済ましてしまう。チャリティー映画会や、子供のときに弟に合わせて観に行ったアニメ映画を除き、実際に新作公開時に映画館で観たものを挙げると、以下のように少ない(日本公開年順)。・「ミッドウェイ」 1976年・「遠すぎた橋」 1977年・「...
ドイツ語映画 「ゲッベルスと私」 の前売り券を購入した

テーマ : ヨーロッパ映画
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Nabelschnurblut

Nabelschnurblut n. -es (-s) / -e (Nabelschnur + blut)
臍帯血

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Quetschlichtquelle f. -n /  (Quetschlicht + Quelle)
スクイーズド光源
engl.: squeezed light source

Quetschlicht n. -〔e〕s / -er スクイーズド光

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verlegen(他動詞)

verlegen1
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1 ((方向を示す語句と)) a) ((jn. / et.4)) (…を…へ)場所を移す,移転する

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ジャンル : 学校・教育

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[再帰] sich4 bereichern (不当な手段で)金をためこむ,私腹を肥やす | sich4 an fremdem Eigentum bereichern 他人の財物を横領<着服>する

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テーマ : 語学の勉強
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自 (h) ((雅)) ((et.3)) (…に対する)欲望を抑える,(克己して…を)あきらめる:einem Anspruch entsagen 権利を放棄する

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MarburgChemie

Author:MarburgChemie
製薬メーカー子会社の解散後、民間企業研究所で派遣社員として勤務していましたが、化学と語学の両方の能力を活かすために専業翻訳者となりました。

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