アミノ酸の日本語名称 トレオニン/スレオニン
化学やバイオ、医薬などの分野を勉強する際の入門書についてだった。
大学1、2年向けの教科書でもよいのだが、高校理科の知識+αで読めるものとして、講談社のブルーバックスを挙げた。
ブルーバックスは最新の研究成果についてわかりやすく解説しているので、文系出身翻訳者だけではなく、私のように医薬メーカー研究所で勤務していた化学者でも、参考図書として年に数冊を読んでいる。
今月読んでいるのは、「分子レベルで見た薬の働き」(平山令明著、講談社、ブルーバックス B-2127)。
内容と目次は次のリンクから。
gendai.ismedia.jp/list/books/bluebacks/9784065187326
医薬の特許翻訳をする場合に必要となる知識は多岐にわたるが、基本的知識がコンパクトにまとまっているので、入門書としては有益だ。
また、主な酵素や受容体の名称では英語名が併記されているため、翻訳者にとっても勉強になるだろう。
ただし、人間が書いたものだから、間違いはある。
195ページの図5-5下側で、アンジオテンシン変換酵素に結合する化合物の説明では、分子の右側にある炭素原子2個の価数(結合の数)が四価ではなくて、五価になっている。
また、「突然変異」を使っているが、日本遺伝学会が、「変異」に改訂することを提案している。
英語の mutation という言葉には、「突然」という意味はないからである。
この改訂案は、まだ他の学会では採用していないのか、それとも一般向けだから馴染みのある「突然変異」にしたのか。
そして、有機化学者の私が一番こだわっているのは、化合物名の日本語名称である。
26ページのアミノ酸の名称で、threonine (Thr, T) の日本語名称は、私は「トレオニン」を使っているが、この本では「スレオニン」になっている。
化合物名については、主に英語を原語とする命名法をIUPACが決めている。
そしてそのIUPAC名から、各国で使用言語での表記を決めている。
日本では、日本化学会命名法委員会が、日本語名称の作り方を決めている。
原則として、英語の発音とは無関係に日本語名称を作っており、threonine の日本語名称は、トレオニンのみである。
1つの化合物に対して、ただ1つの名称が存在することが望ましい。
英語由来の名称を慣用名として使ってもよいのではないか、という意見もありそうだが、一般向けとしては1つに統一した方がよいだろう。
専門家にとっては小さなことが、初心者にとっては学習のつまづきになるかもしれない。
また、これは余計なことかもしれないが、ドイツ語好きとしては、英語の発音に影響された自己流の日本語名称は嫌だ。
日本語での学会発表なのに、aldehyde(アルデヒド)を、わざわざ「アルデハイド」と言う人もいる。
それならば全部英語読みで、ketone(ケトン)も「キートン」、alcohol(アルコール)を「アルコホール」にすればいいのにと思うが。
細かいことかもしれないが、自分が特許翻訳をするとき、そしてチェックをするときは、最新の情報に基づいて正しい化合物名を書くようにしている。