ドイツ語論文の実験の部 (1) 安全のため読めた方がいいのでは?
科学(化学)ドイツ語の記事を書くためのブログでもあったが、なかなか筆が進まなかった。
転職活動ももうすぐ終わるので、気分的にも落ち着いてきたため、いろいろ書くことにした。
近代科学は特にドイツで発展したため(優秀なユダヤ人の貢献が大きいが)、過去の文献を調査すると、どうしてもドイツ語文献に当たることになる。
私の研究分野はドイツが主流派だったので、参考文献の30%以上がドイツ語だった。
特定の時期では、参考文献の90%程度がドイツ語文献ということもあったし、有名なドイツ人研究者で、ドイツ語でしか論文を書かない人もいた。
ドイツの出版社が使用言語を英語に統一したところ、ドイツ語論文の受付締切直前に大量に投稿したり、投稿先をスイスの雑誌に変えてまで、意地なのかドイツ語で貫いた人もいるくらいだ。
有機合成で参考にする百科事典的なシリーズ本として、"Methoden der organischen Chemie" がある。
ドイツの出版社だから当然ドイツ語で、アメリカや日本の研究者が執筆しても、きちんとドイツ語に翻訳して掲載している くらいだ。
最新シリーズからは英語に変わったが、古い版を読むにはドイツ語知識が必要となる。
読めなければ、私のような化学専門のドイツ語翻訳家が手伝うので、発注してほしい。
以前にも書いたが、日本人の誤解として、「ドイツ語は英語に似ている」 というのがある。
そのためか、単語を辞書で調べ、訳語を適当につなげれば理解できると言い張る、文法無視の人がいる。
確かに経験があれば、実験の詳細はわからなくても、反応式を見て、そして原料と薬品を見れば、反応条件は加熱するのかどうかなど、これまでの経験から推測すればいい。
しかし、文献の条件を忠実に再現する追試を行う場合は、なんとなく理解したではだめだ。
細かいことにこだわるドイツ人もいるので、試薬を添加する速度や温度調節などについて、きちんと記載していることもあるから、完全に再現するには、ドイツ語を理解する必要がある。
加えて、毒ガスの発生であるとか、急激な発熱など、危険性についての注意事項の記載も見られる。
実際に読むときには、単語は調べるとして、文法は科学論文に多い受動態について学べばいいだろう。
能動文の4格目的語のみが、受動文の主語(1格)になるという特徴もあるが、そういった英語との違いは、その例が出てきたときに逐次解説したい。
今回は、Chem. Ber., 1970, 103, 2428 の論文から、実験の部の例を取り上げる。
受動態については、助動詞 werden と動詞の過去分詞を赤で示した。
他の解説箇所は、別の色を使った。
Benzolphosphonsäure-diäthylester (1):
Zu einer Suspension von 6.5 g NiCl2 in 157 g (1 Mol) Brombenzol tropft man bei 160° im Laufe von 2 Stdn. 199 g (1.2 Mol) Triäthylphosphit, wobei bereits nach den ersten ccm die Reaktion unter heftigen Aufschäumen und blauvioletter Färbung des Reaktionsgemisches einsetzt. Die Zugabegesschwindigkeit wird so eingestellt, daß das Äthylbromid sofort abdestilliert. Das Reaktionsgemisch wird etwa 30 Min., oder bis kein Äthylbromid mehr übergeht, nacherhitzt. In der gekühlten Vorlage werden 103 g Äthylbromid aufgefangen. Zweimalige Destillation gibt 194 g 1, Sdp.0.2 96-98°(siehe Tab. 1).
訳例:
ベンゼンホスホン酸ジエチルエ ステル (1):
ブロモベンゼン 157 g (1 mol) 中の NiCl2 6.5 g の懸濁液に、160 ℃で2時間かけて、亜リン酸トリエチル 199 g (1.2 mol) を滴下する。このとき反応は、最初の 1 cm3 を加えた後すぐに、激しい発泡と反応混合物の青紫色の着色を伴いながら始まる。添加速度は、エチルブロミドがすぐに溜出するように調整する。反応混合物を約30分、またはエチルブロミドが溜出しなくなるまで、更に加熱する。冷却した受器にはエチルブロミド 103 g が捕集された。2回の蒸留で 1 は 194 g 得られた。沸点 (0.2 mmHg) 96-98 ℃(表1参照)。
文法の話の前に、反応の開始時点の観察事項が記載されていることに注目してほしい。
激しい発泡が添加直後にすぐ起きることを、事前に知っていること は、安全面で重要である。
添加速度も、実験の再現性に重要な要因となるだろう。
受動文は、「受動の助動詞 werden + 動詞の過去分詞」 のペアを探して、枠で囲むとわかりやすい。
論文での主語はほとんど三人称だから、werden の人称変化も三人称単数と複数のみチェックすればいい。
現在形は wird と werden、過去形は wurde と wurden。
過去形での例は、"Alle Reaktionen wurden unter Stickstoff durchgeführt."
ただし、実験の部で現在形か過去形かというのは、あまり問題にすることはないだろう。
過去分詞は頭に "ge-" が付いているのでわかりやすい。
ただし語尾が "-ieren" で終わる動詞は "ge-" を付けない。
例えば、"Das Reaktionsprodukt wird destilliert."
不規則動詞は辞書の一覧表を参照のこと。 見出 し語としても出ているので、そのまま探してもよい。
英語にない分離動詞では、eingestellt のように、分離の前綴り "ein-" の後に "ge-" が入る。
最初の文にある不定代名詞 "man" は、訳出しないことが多いので、受動的な使い方と言ってもよい。
強いて言えば、主語は実験者になるが、日本語でも省略するので、訳例でも主語はない。
動詞の名詞化を知っていると、辞書で名詞形が載っていなくても、動詞の意味から類推できる。
"Aufschäumen" は、綴りの同じ動詞 "aufschäumen" =「泡立つ」 を名詞化するので、「発泡」
複合語 "Zugabegeschwindigkeit" の前半部分 "Zugabe" は、動詞 "zugeben" の名詞化で 「添加」。
"so, daß ~" (現在、daß は dass と書く)で so は daß 副文の内容を受けて、「~であるように」。
daß 副文は他動詞の目的語になることもあり、頻出なので慣れておくと便利。
説明は少々まとまりがなく、単に事例の列挙に終わるかもしれないが、主に自分の勉強メモということで、ご理解いただきたい。
何か論文で困ったことがあれば、コメント欄か、ご自身のブログに誘導してもらえれば、可能な範囲で解説などを行いたい。
(最終チェック・修正日 2006年08月23日)
有機合成で参考にする百科事典的なシリーズ本として、"Methoden der organischen Chemie" がある。
ドイツの出版社だから当然ドイツ語で、アメリカや日本の研究者が執筆しても、きちんとドイツ語に翻訳して掲載している くらいだ。
最新シリーズからは英語に変わったが、古い版を読むにはドイツ語知識が必要となる。
読めなければ、私のような化学専門のドイツ語翻訳家が手伝うので、発注してほしい。
以前にも書いたが、日本人の誤解として、「ドイツ語は英語に似ている」 というのがある。
そのためか、単語を辞書で調べ、訳語を適当につなげれば理解できると言い張る、文法無視の人がいる。
確かに経験があれば、実験の詳細はわからなくても、反応式を見て、そして原料と薬品を見れば、反応条件は加熱するのかどうかなど、これまでの経験から推測すればいい。
しかし、文献の条件を忠実に再現する追試を行う場合は、なんとなく理解したではだめだ。
細かいことにこだわるドイツ人もいるので、試薬を添加する速度や温度調節などについて、きちんと記載していることもあるから、完全に再現するには、ドイツ語を理解する必要がある。
加えて、毒ガスの発生であるとか、急激な発熱など、危険性についての注意事項の記載も見られる。
実際に読むときには、単語は調べるとして、文法は科学論文に多い受動態について学べばいいだろう。
能動文の4格目的語のみが、受動文の主語(1格)になるという特徴もあるが、そういった英語との違いは、その例が出てきたときに逐次解説したい。
今回は、Chem. Ber., 1970, 103, 2428 の論文から、実験の部の例を取り上げる。
受動態については、助動詞 werden と動詞の過去分詞を赤で示した。
他の解説箇所は、別の色を使った。
Benzolphosphonsäure-diäthylester (1):
Zu einer Suspension von 6.5 g NiCl2 in 157 g (1 Mol) Brombenzol tropft man bei 160° im Laufe von 2 Stdn. 199 g (1.2 Mol) Triäthylphosphit, wobei bereits nach den ersten ccm die Reaktion unter heftigen Aufschäumen und blauvioletter Färbung des Reaktionsgemisches einsetzt. Die Zugabegesschwindigkeit wird so eingestellt, daß das Äthylbromid sofort abdestilliert. Das Reaktionsgemisch wird etwa 30 Min., oder bis kein Äthylbromid mehr übergeht, nacherhitzt. In der gekühlten Vorlage werden 103 g Äthylbromid aufgefangen. Zweimalige Destillation gibt 194 g 1, Sdp.0.2 96-98°(siehe Tab. 1).
訳例:
ベンゼンホスホン酸ジエチルエ ステル (1):
ブロモベンゼン 157 g (1 mol) 中の NiCl2 6.5 g の懸濁液に、160 ℃で2時間かけて、亜リン酸トリエチル 199 g (1.2 mol) を滴下する。このとき反応は、最初の 1 cm3 を加えた後すぐに、激しい発泡と反応混合物の青紫色の着色を伴いながら始まる。添加速度は、エチルブロミドがすぐに溜出するように調整する。反応混合物を約30分、またはエチルブロミドが溜出しなくなるまで、更に加熱する。冷却した受器にはエチルブロミド 103 g が捕集された。2回の蒸留で 1 は 194 g 得られた。沸点 (0.2 mmHg) 96-98 ℃(表1参照)。
文法の話の前に、反応の開始時点の観察事項が記載されていることに注目してほしい。
激しい発泡が添加直後にすぐ起きることを、事前に知っていること は、安全面で重要である。
添加速度も、実験の再現性に重要な要因となるだろう。
受動文は、「受動の助動詞 werden + 動詞の過去分詞」 のペアを探して、枠で囲むとわかりやすい。
論文での主語はほとんど三人称だから、werden の人称変化も三人称単数と複数のみチェックすればいい。
現在形は wird と werden、過去形は wurde と wurden。
過去形での例は、"Alle Reaktionen wurden unter Stickstoff durchgeführt."
ただし、実験の部で現在形か過去形かというのは、あまり問題にすることはないだろう。
過去分詞は頭に "ge-" が付いているのでわかりやすい。
ただし語尾が "-ieren" で終わる動詞は "ge-" を付けない。
例えば、"Das Reaktionsprodukt wird destilliert."
不規則動詞は辞書の一覧表を参照のこと。 見出 し語としても出ているので、そのまま探してもよい。
英語にない分離動詞では、eingestellt のように、分離の前綴り "ein-" の後に "ge-" が入る。
最初の文にある不定代名詞 "man" は、訳出しないことが多いので、受動的な使い方と言ってもよい。
強いて言えば、主語は実験者になるが、日本語でも省略するので、訳例でも主語はない。
動詞の名詞化を知っていると、辞書で名詞形が載っていなくても、動詞の意味から類推できる。
"Aufschäumen" は、綴りの同じ動詞 "aufschäumen" =「泡立つ」 を名詞化するので、「発泡」
複合語 "Zugabegeschwindigkeit" の前半部分 "Zugabe" は、動詞 "zugeben" の名詞化で 「添加」。
"so, daß ~" (現在、daß は dass と書く)で so は daß 副文の内容を受けて、「~であるように」。
daß 副文は他動詞の目的語になることもあり、頻出なので慣れておくと便利。
説明は少々まとまりがなく、単に事例の列挙に終わるかもしれないが、主に自分の勉強メモということで、ご理解いただきたい。
何か論文で困ったことがあれば、コメント欄か、ご自身のブログに誘導してもらえれば、可能な範囲で解説などを行いたい。
(最終チェック・修正日 2006年08月23日)