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大型クジラは炭素を貯蔵する海の森林?

2月26日付けBBCに、「捕鯨は炭素放出を悪化させる」 という記事が出た。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/science/nature/8538033.stm

アメリカ・ポートランドで2月22日から26日まで開催された、アメリカ地球物理学連合(AGU)の
Ocean Sciences Meeting で、Andrew J. Pershing 博士が発表した研究に基づく記事である。
http://www.agu.org/meetings/os10/program/index.php

講演資料が、JPEG 画像として公開されている。
計算式やクジラの種類ごとに計算された一覧表もあるので、内容を検討したい人には便利だろう。
http://www.seascapemodeling.org/seascape_projects/PershingSMMbiennial.jpg

Nature News
でもこの発表を紹介している(再計算により、数字が訂正されている)。
http://www.nature.com/news/2010/100226/full/news.2010.96.html

有料記事のためか、この Nature News での訂正に言及しているメディアは皆無のようだ。

(追記:Nature News は完全公開に変更となったので、確認してほしい。)
Pershing 博士自身による数字の訂正なので、その訂正のアナウンス部分を転記しておこう。
------------------------------
An earlier version of this story incorrectly stated that letting whale biomass recover would sequester 105 million tonnes of carbon. Andrew Pershing has since recalculated this figure as 9 million tonnes of carbon.
------------------------------

BBCは博士に直接取材しているが、博士自身が再計算で訂正する前の数字を記載しているので、 混乱を避けるために、ここでは Nature News に出てくる数字だけを引用しよう。

講演のタイトルは、「Climate Impacts on Whales (and Vice Versa)」。

Pershing 博士は大型クジラを、「炭素を貯蔵する森林のようなもの」 と、比喩的に捉えている。
そして過去100年間の捕鯨は、大気中の二酸化炭素を増やしてきたとのことだ。

Pershing 博士が所属する研究所の紹介ページと、研究室のブログは、それぞれ次の通り。

http://www.gmri.org/science/biography.asp?ID=100
http://www.seascapemodeling.org/seascape_projects/

このブログでは、3月1日のエントリーについたコメントに対して、博士が回答している。

回答の中で博士は、計算の根拠なども説明しているので、報道の補足として参考になるだろう。
http://www.seascapemodeling.org/seascape_projects/2010/03/

博士は生態系モデルに関する研究をしており、タイセイヨウセミクジラもテーマの一つになっている。

海洋生態系における炭素循環を計算する上で、クジラが炭素を貯蔵するという仮説を発表したものだ。

大規模捕鯨が始まる前の
1900年の状態に戻れば、クジラのバイオマスは900万トン炭素相当となる。
また
1900年の状態ならば、自然死したクジラが深海に沈むと、年間20万トン炭素相当が隔離される
(博士のブログで、
深海に沈む率を50%と仮定したと示されている。これまでの90%は多すぎるという。)

約1世紀にわたる捕鯨で、クジラのバイオマスが5分の1未満になったため、炭素固定能は激減している。

特にランプの油を得るための捕鯨は、油を直接燃やすわけだから、二酸化炭素増加に寄与したことになる。
ただし食用にした場合でも、固定した炭素を隔離できていないので、最終的に二酸化炭素排出となる。

ということで、捕鯨をやめてクジラが増加すれば、陸上の森林のように炭素固定に利用できると考えている。

つまり捕鯨というのは、燃料用に木を切ることと同じ行為だという。
1900年時点の
900万トン炭素相当とは、温帯林ならば 11,000 平方キロメートルに匹敵すると いう。

「クジラは海の森林」 という比喩は、クジラの体重増加率や寿命を根拠にしている。

シロナガスクジラは毎年1-3%の体重増加率で、100年近く生きるため、大木に相当するという。

クロマグロなどの大型魚類も含めて、捕獲をやめた分を 「炭素クレジット」 とすることも提案されている。

この炭素クレジットは温室効果ガス排出権の国際取引に利用でき、そして自然保護にもつながるそうだ。

ただ、
1900年当時の生息数に戻っても、900万トン炭素相当のバイオマスというのは少ない。
人為的に発生する二酸化炭素は、炭素換算で年間70億トン相当である。
つまりクジラが固定できる炭素は、1%にも満たない
のである。

捕鯨をやめても、温室効果ガス削減への寄与がほとんど期待できないことは明白だが、

海洋生態系における炭素循環を考える場合には、クジラを計算に入れることには意味がある。

ところで、数字が間違ったBBCの記事を引用したメディアも多く、そのまま信じている人が多いようだ。

既に翻訳記事も含めて10か国以上で報道され、間違った数字が流布してしまい、手遅れの感がある。
有料の Nature News を読む人は少ないためか、ネット上の議論はBBC記事を根拠にしているようだ。
この記事だけではなく、情報は常に最新のものに更新されていくので、できるだけチェックしてほしい。

追記(2月28日):

BBCの記事を引用して、ノルウェーでも報道されている。
http://www.nrk.no/nyheter/distrikt/nordland/1.7014159

この記事の後半では、WWFノルウェーの Rasmus Hansson 事務局長の発言が記載されている。

このアメリカでの研究成果について、「興味深く、示唆に富むものである」 と感じているそうだ。

ノルウェーは世界の森林保護に対して、年間300万クローネ(約4500万円)を投じているが、
森林での考え方を、他の自然や動物に適用することまで拡張すべきだと考えているそうだ。

ただし、訂正前の森林面積 13万平方キロメートルを根拠にしていることを、ここに記しておこう。


ところでクジラの話なのに、日本では食べることにしか関心がないのか、現時点で報道がないのは残念だ。

ただ、これから報道するならば、数字を修正した記事になり、日本人は一番正しい情報を得られるだろう。

追記(3月4日):

BBC以外では、例えば Discovery News と、EnvironmentalReserchWeb を参考にしてほしい。
http://news.discovery.com/earth/whales-carbon-climate-change.html
http://environmentalresearchweb.org/cws/article/futures/41872

追記(3月6日):

Pershing 博士が、「捕鯨が地球温暖化を引き起こしたのではない」 と説明している記事 は、次を参照。
海洋生態系を理解する上で、クジラの炭素固定が重要であり、固定量から森林という比喩を使ったわけだ。
http://www.usnews.com/science/articles/2010/03/01/industrial-whalings-large-carbon-footprint.html
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【Those emissions are small potatoes compared to the approximately 7 billion tons of CO2 emitted by human activities each year. “Whaling did not cause global warming,” Pershing said.】
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博士の研究は海洋生態系における炭素循環であり、その中で捕鯨の影響を計算したものである。
捕鯨による炭素固定能の低下には言及しているものの、捕鯨が温暖化の原因とは言っていない。
ところが報道とそれを引用する議論では、捕鯨と温暖化の関係ばかりが話題となっている。
元々の研究の目的を無視するというのは、○○ダイエットの話のようで、科学者としては残念に思う。


追記(3月7日):

訂正された数字で報道している記事として、次の Postbulletin を参照のこと。
http://www.postbulletin.com/newsmanager/templates/localnews_story.asp?z=49&a=441774

(最終チェック・修正日 2010年04月01日)

テーマ : 博物学・自然・生き物
ジャンル : 学問・文化・芸術

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MarburgChemie

Author:MarburgChemie
製薬メーカー子会社の解散後、民間企業研究所で派遣社員として勤務していましたが、化学と語学の両方の能力を活かすために専業翻訳者となりました。

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