「マルチリンガルの外国語学習法」(石井啓一郎著、扶桑社新書)

石井啓一郎著、扶桑社新書の 「マルチリンガルの外国語学習法」  を読んだ。
副題は、「ある翻訳家の『語学』心覚え」。

www.fusosha.co.jp/book/2010/06165.php

【「十数カ国語を操る日本人」は、いかに「語学」してきたのか? 英語、フランス語、イタリア語、ペルシア語、トルコ語…。多くの外国語に携わってきた経験から見えた「日本人が外国語を学ぶ」こととは? 「言語横断」な語学論!】

はじめに ~ つねに未熟な外国語
序章  私の「多言語」武者修行
第一章 日本人は「文法」から逃げてはいけない 私の外国語習得論I
第二章 言語習得における「読書」の重要性 私の外国語学習論II
第三章 日本人が苦手とする「発音」 私の外国語学習論III
第四章 「易しい言語」と「難しい言語」はあるのか? 私の「多言語」習得論I
第五章 同族言語から手を広げるのは効率的か? 私の「多言語」習得論II
第六章 言語を飛び越える言葉たち 私の「多言語」習得論III
第七章 実は特殊な英語の立ち位置 私の「多言語」習得論IV
おわりに

もし、楽をして語学の達人になる方法を探している人がいたなら、この本を読まない方がいい。

私は幼稚園のときに、何回か英語教室に参加したそうなのだが、思い出せるのは、年配の外国人女性がいろいろな絵を見せながら、英単語の発音を教えていたらしいという程度で、 「stove」 という単語の発音だけ記憶している。

中学になってから英語を学び始め、
趣味で海外短波放送を聴いていたので、高校では中国語(2年間)とドイツ語(1年間)をかじった。
また、留学生と話す機会もあったため、スペイン語について、NHK語学講座で勉強したことがある。

大学での研究では、大量の論文を読むためにドイツ語知識が必要だった。
NHK語学講座と論文読解だけの独学でドイツ留学したのは、少々無謀だったかもしれないが、今では副業でドイツ語翻訳ができる程度のレベルにはなっている(まだまだ不十分ではあるが)。

最近は研究資料だけではなく、個人的に捕鯨関係の報道を読むために、ゲルマン系諸語をかじっている。
今月はオランダ語で書かれた資料を読むことになったので、文法事項を確認するために基礎的なテキストを購入した。
捕鯨国・地域の言語として、ノルウェー語、アイスランド語、デンマーク語(グリーンランド・フェロー諸島)を勉強する予定だ。

私は必要性を感じて、今はとにかく論文や報道に何が書いてあるのか知りたいと理由だけで、外国語をかじっている。
だから著者が書いているように、外国語は 「手段」 であって 「目的」 ではない。
それに、外国語で会話ができることを優先しているわけでもない。

著者は大学でスペイン語専攻だったが、古典的基礎教養としてラテン語も履修した。
その後、イスラム文化について調べようとしたところ、膨大なフランス語文献を読むことになり、フランス語も学んだ。
そして研究のためにイタリア語が必要になり、社会人になってからはペルシア語を学んだという。
他に習得した言語も必要に迫られてのことだから、結果的にマルチリンガルになったという。


複数の言語を学ぶときは、第五章 「同族言語から手を広げるのは効率的か?」 を読んだ方がよいだろう。
著者はラテン系諸語で、私はゲルマン系諸語だが、それぞれの系統の中で似ているように見える言語同士でも、全く違う言語だという意識が必要だ。

入門書では導入しやすくするためか、例えば英語・オランダ語・ドイツ語の単語を並べて、綴りや意味の類似性を強調することがあるが、これは勘違いを生む原因にもなっているだろう。
同じ綴りでも、
Gift はドイツ語では  「毒」 で、英語の 「贈り物」 と全く違う意味になっている。
動詞を見ても、英語にはない分離動詞というものが、オランダ語やドイツ語では出てくる。

現在
ノルウェー語(ブークモール)を勉強しているのは、歴史的経緯から互いに似ているデンマーク語とスウェーデン語の勉強に展開することを狙ったわけだが、それでも同じ綴りで全く意味が違うことがあるので、楽して数を稼ごうとは思ってはいない。

私は 「研究者は英語だけではなく、ドイツ語など第二外国語の知識も必要だ」 と唱えてきたが、「ドイツ語は英語に似ているから辞書で単語を調べるだけで読める」 などと、文法の違いまで無視して反論する人に、これまでに何度も出会った。

ドイツ語は、確かに日本語よりは英語に近い関係だが、それでも異なる言語であり、辞書で調べた単語の意味を適当に並べ変えるだけでは危険である。


英語一辺倒の最近の風潮に違和感を持つ人は、第七章 「
実は特殊な英語の立ち位置」 を読むとよいだろう。

英語はゲルマン系とされているが、歴史的・政治的な試練を経て、特殊な発展をした言語であり、他のヨーロッパ言語にある格変化や動詞の人称変化がほとんど脱落している。
たまたま近代は、イギリスとアメリカが世界の中心の役割を果たしてきたので、英語が世界語のように感じてしまうが、英語はその言語的特徴から、ヨーロッパ語の代表ではない。

大学でも第二外国語が衰退しているのは、英語と比べて覚える文法事項が多すぎるというのも理由の一つだろう。
ただ、一見複雑な格変化や人称変化、そして接続法という表現があるからこそ、あいまいさを残さずに論理展開できるという利点もある。
そのため国際的な取り決めではフランス語版を正本とすることが多く、英語版で疑問が生じた場合には、フランス語正本で正確な解釈を確認することになる。

「英語を完璧にしたい」 と決意した人に、その考えを変えるように言うつもりはないが、もし余裕があるときにでも、「多言語知識を持つと楽しいよ」 ということに気付いてほしい。

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

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ロマンス語で伸び悩んでいる。

 この、石井啓一郎氏の新書は2冊もっています。部屋の中で紛らわせてしまったからです。

 標題に、わたしが書いたのは、どう言うことかと言いますと、大学時代、ドイツ語が第1外国語、英語が、第2外国語の中、在学中から断続的に、ロマンス諸語を、わたしは、学習していることを言っています。(卒業は1987年3月。)

 最近は、検定試験を、日程が重ならない範囲で受けていますが、既合格級にも落ちるありさまです。伊検最容易級の5級などは、3回めか4回めかの挑戦で、ようやっと合格をしました。

 井の中の蛙だった訳なのですが、石井氏は、国家の唯一の公用語になった歴史のない、ロマンス語の中の言語の、カタルーニャ(カタロニア)語と、近隣のロマンス語との比較を、その新書の中で行い、いかに同系でも、統辞(シンタクス)の点でも、語彙の面でも、(お互いに)“外国語”として扱わなければならない、と言う、持論と言いますか、考えを展開しております。

 そして、新書の終わりのほうで、「実は微妙な立ち位置の英語」で、戦前の学制の高等学校で、そうであったように、必ずしも英語を無理やり学習するじょではなく、英語以外の(ヨーロッパの)外国語だけを学習するカリキュラム(課程)を用意しても、いいのではないか、と言う、英語だけでアップアップしている人間には、新手の嫌みかと、誤解されかねないことを述べています。

 黒田龍之助氏も、遠回りをして、大学で、かつては、風変わりな英語の授業をしていました。

 以上。
プロフィール

MarburgChemie

Author:MarburgChemie
製薬メーカー子会社の解散後、民間企業研究所で派遣社員として勤務していましたが、化学と語学の両方の能力を活かすために専業翻訳者となりました。

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