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朝日新聞のがんワクチン報道に対して東大医科研、がん関連学会とバイオベンチャーが抗議

トラックバックした記事では、10月15日付朝日新聞の、東大医科研でのがんワクチン臨床試験の問題を取り上げた。
被験者の一人が消化管出血という重篤な事象を発現したが、同じ試験を実施していた他の研究機関に伝えなかった
東大医科研は、「共同研究ではないため、指針上は連絡する必要はない」 と言っているが、倫理観が問われる事例と思われる。

よく言われるコンプライアンスとは、法令や指針の範囲内にとどまらずに倫理的に行動することが求められているからだ。

厚生労働省の 「医学研究に関する倫理指針」 の前文には次のようにある。
www.mhlw.go.jp/general/seido/kousei/i-kenkyu/rinri/0504sisin.html#2
------------------------------
【…被験者の個人の尊厳及び人権を守るとともに、研究者等がより円滑に臨床研究を行うことができるよう、ここに倫理指針を定める。

この指針は、世界医師会によるヘルシンキ宣言に示された倫理規範や我が国の個人情報の保護に係る議論等を踏まえ、また、個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)第8条の規定に基づき、臨床研究の実施に当たり、研究者等が遵守すべき事項を定めたものである。しかしながら、臨床研究には極めて多様な形態があることに配慮して、この指針においては基本的な原則を示すにとどめており、研究責任者が臨床研究計画を立案し、その適否について倫理審査委員会が判断するに当たっては、この原則を踏まえつつ、個々の臨床研究計画の内容等に応じて適切に行うことが求められる
…】

------------------------------

この研究者の世界と、報道も含めた一般社会との捉え方の違いについて、次の新書が参考になるだろう。
平川秀幸著、「科学は誰のものか 社会の側から問い直す」(NHK出版、生活人新書)
https://www.nhk-book.co.jp/shop/main.jsp?trxID=0130&webCode=00883282010

朝日新聞の取材で、東大医科学研究所での臨床試験でのネガティブデータが秘匿されていた疑いが浮上した。www.asahi.com/science/update/1014/TKY201010140469.html【東京大学医科学研究所(東京都港区)が開発したがんペプチドワクチンの臨床試験をめぐり、医科研付属病院で2008年、被験者に起きた消化管出血が「重篤な有害事象」と院内で報告されたのに、医科研が同種のペプチドを提供する他の病院

東大医研がワクチン臨床試験でのネガティブデータを秘匿か



東大医科研という専門家集団が、「重篤な副作用事象を他機関に連絡しない」 と決定したのは、これは科学的行為ではなく、「余計な懸念を引き起こしたくないという政治的判断」 ではないだろうか。

専門家は、「一般人の科学理解力は低く、情報を与えても誤解を招き、パニックを起こすはず」 と思っているのかも。
朝日新聞に限らずジャーナリズムとは、不正をあばくというよりは、疑問を提示するという役割もある。
その記事で提示された疑問について専門家は、臨床試験のリスク説明も含めて、真摯に対応すべきだ。

朝日新聞社には関連団体として、「公益財団法人 日本対がん協会」 があり、知識の普及・啓発活動もしている。
日本癌学会総会で提唱され、朝日新聞社創立80周年記念事業として支援して設立された。
www.jcancer.jp/

しかし、がん征圧活動を支援する朝日新聞に対して、日本癌学会と日本がん免疫学会が連名で抗議声明を発表した。
共同通信の配信記事は次の通り。
www.47news.jp/CN/201010/CN2010102201001003.html

日本癌学会のHPからその抗議声明を全文引用しておこう。
www.jca.gr.jp/public/asahi.html

朝日新聞の記事(10月15・16日)に関して
-- がん関連二学会からの抗議声明 --
平成22年10月22日
日本癌学会理事長野田哲生
日本がん免疫学会理事長今井浩三


朝日新聞の「臨床試験中のがん治療ワクチン」記事(2010年10月15日、16日)には
、東京大学医科学研究所で開発した「がんワクチン」を用いて同附属病院で行われた臨床試験に関して、大きな事実誤認に基づいて情報をゆがめ、読者を誤った理解へと誘導する内容が掲載されました。

その結果、ワクチン治療を受けておられる全国のがん患者さんに無用なご心配をおかけするとともに、今後の新たながん治療開発に向けた臨床試験に参加を希望される、多くのがん患者の皆様にも、多大なご迷惑をおかけする事態となっております。また、この記事は、がん患者さんに、より有効な治療を提供するべく懸命に努力している医療関係者、研究者、学生の意欲を大きく削ぐものであり、この分野での我が国の進歩に大きなブレーキをかける結果を招きかねません。
より良いがん治療の提供を最大の目的として設立され、活動を続けている学会としては、このような記事を容認することはできません。ここに朝日新聞に対して強く抗議するとともに、速やかな記事の訂正と患者さんや関係者に対する謝罪を含めた釈明を求めます。】


また、共同通信配信記事で取り上げられたベンチャーとは、オンコセラピー・サイエンス社で、ここも抗議文を出している。
www.oncotherapy.co.jp/index.html
www.oncotherapy.co.jp/news/20101022_01.pdf

今回のがんワクチン臨床試験とは関係ないが、投資家の連想売りでストップ安となり、約83億円の損害が出たとしている。
単なる株式価値の損失だけではなく、社会的信用も棄損したと抗議している。
また、朝日新聞記事中の事実誤認の指摘にとどまらず、ねつ造記事の疑いがあるとまで言っている。
そして最後には 「法的措置をとるべく弁護士と協議中である」 と書いてある。


ついでに東京大学医科学研究所のHPを見ると、新着情報として、朝日新聞の記事への反応・疑問が出ている。
www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/
www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/files/statement101020.html
www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/files/statement101022.pdf (大丈夫か朝日新聞の報道姿勢)

ここでも、専門家が言う科学的・医学的正確性と、一般メディアの指摘する問題点との食い違いが見られるようだ。

現時点では、誰が真実を述べているのか、第三者には判断ができないので、1か月くらいは様子を見ておこう。
朝日新聞の記者がスクープ狙いで、話を大きく膨らませて誇張した推測記事を書いたのならば、残念なことだ。


追記(10月24日):
朝日新聞広報部、10月24日の発表は次の通り。
http://www.asahi.com/science/update/1023/TKY201010230371.html

記事は、薬事法の規制を受けない臨床試験には被験者保護の観点から問題があることを、医科研病院の事例を通じて指摘したものです。抗議声明はどの点が「大きな事実誤認」か具体的に言及していませんが、記事は確かな取材に基づくものです。 】

(最終チェック・修正日 2010年10月24日)


テーマ : ガン治療
ジャンル : ヘルス・ダイエット

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MarburgChemie

Author:MarburgChemie
製薬メーカー子会社の解散後、民間企業研究所で派遣社員として勤務していましたが、化学と語学の両方の能力を活かすために専業翻訳者となりました。

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