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「『英語公用語』は何が問題か」(鳥飼玖美子著、角川oneテーマ21)

今年6月、英語が苦手な日本人を当惑させるニュースがあった。
ファーストリテイリングと楽天が、社内の公用語を英語にすると発表した。

Sankei Biz 6月24日の、ファーストリテイリングに関する記事は次の通り。
www.sankeibiz.jp/business/news/100624/bsd1006241007014-n1.htm

【…ファーストリテイリングは24日、2012年3月から社内の公用語を英語にする方針を明らかにした。海外のオフィスはもちろん、日本のオフィスでも外国人社員が参加する会議などで使用する言語は原則英語にする。 …】

東洋経済オンラインに掲載された楽天・三木谷社長へのインタビュー記事は、「英語ができない役員は2年後にクビにします」。

www.toyokeizai.net/business/interview/detail/AC/810ee47297d49033c2a4b43a0a5216e0/


この企業での 「英語公用語」 には賛否両論あるが、この流れに追随する企業も現れ、就職活動中の学生も困っているようだ。
そして電機メーカーのシャープでは、研究部門で英語を公用語にするという。
www.itmedia.co.jp/news/articles/1010/28/news027.html

シャープは27日、研究開発部門で英語を社内公用語化する方針を固めた。事業の海外比率が高まり、現地開発・生産が増加していることから、研究分野のグローバル化に対応する。…】

毎日新聞の 「新教育の森」 という連載では、国際教養大学・中嶋嶺雄学長へのインタビュー記事を載せている
mainichi.jp/life/edu/news/20101106ddm013100007000c.html

【… 日本の大学は「日本人が日本語で日本人を教える」という「知の鎖国」状態を続けてきた。英語教育も、文法的に正しいか、つづりや発音が間違っていないかが中心。英文学の本を読んで少しずつ訳してテストをして終わり。これではコミュニケーションのツールにならない。生き生きとした英語力を着けさせる努力が大学にも足りなかった。4月だけの入学制度や日本語だけの授業を改め、一定レベルの英語力を卒業要件とすることも考えるべきだ。 …】

ちなみに中嶋学長は以前、文部科学省・
英語教育改革に関する懇談会の委員をしており、次のような発言もある。
www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/020/gijiroku/020601.htm


大学の教官や企業の採用条件に英語力を入れていくべきである。


このような 「英語公用語」 をとにかく推し進めようとする勢力に対して、やはりというのか、鳥飼玖美子・立教大学教授が反論する本を出版した。
角川oneテーマ21の、「『英語公用語』は何が問題か」 である(11月10日発売)。
www.kadokawa.co.jp/book/bk_detail.php

楽天やユニクロの「英語公用語化」宣言後、さまざまな企業で英語に対する議論が高まっている。企業における英語の必要性は? ビジネス英語教育はどうあるべきか?など、本物の英語を知る著者が緊急提言!

翻訳作業中だが、納期はのんびりしているので、今日は作業を中断して、この本をざっと眺めてみた。
先に断っておくが、私はどちらかと言えば、鳥飼玖美子教授の主張を支持する側に立っている。

章立ては次の通り。

序章   英語公用語化の波
第一章 英語は使っても、使われるな!
第二章 ビジネスパーソンの英語
第三章 仕事で使える英語
第四章 リーダーの英語
第五章 ビジネスと英語教育
第六章 英語力より重要なもの
終章   日本人にとっての英語


序章では、あえて英語を使う理由について、楽天・三木谷社長が不思議な発言をしたことを引用している。

(p.12)【…三木谷氏は、「我々の最も重要な施策はグローバル化だ」と説明。「英語はストレートに表現するが、日本語だとあいまいになる」から、「仕事の効率が上がる」と、よくわからない私見を開陳したようである(英語はストレートに表現するだけの言語ではなく、婉曲な表現もふんだんにあることは、言語コミュニケーションを少しでも勉強すれば分かる)。…】

わざと強調したのかもしれないが、英語の婉曲表現を本当に知らないのならば、例えば、マーク・ピーターセン著、「日本人が誤解する英語」(光文社知恵の森文庫)で勉強してほしいものだ(楽天ブックスでも売っているし)。
www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334785604


グローバル化や海外進出だとか、メディアの情報に右往左往するビジネスマンたちが、英会話学校に殺到しているそうだ。
ベネッセグループのベルリッツや、イーオンなどで、問い合わせや受講者の増加がみられるという。
ついこの前は、NOVAやジオスの経営破綻が社会問題となったが、【英語の社内公用語化は、英会話産業の救世主】 というわけだ(p.19)。

ちなみにベネッセグループは以前から、小学校での英語必修化をビジネスチャンスととらえて、既に教材を用意している。
文部科学省からの委嘱で義務教育に関する調査をしていたり、英語教育の審議会に参加していたのだから当然かも。

ただし民主党主体の政権になってからは、文部科学省の 「英語教育改革総合プラン」 が行政刷新会議で廃止と結論されたため、今度は社会人や大学生に強迫観念を植え付けて、ベルリッツの業務拡大で一儲けしようとでも、たくらんでいるのだろうか。


第一章では、いわゆる 「英語帝国主義」、「英語中心主義」 がテーマである。
日本では、「国際化というクウキを読んで」、母語を大切にせず、英語に支配されたい人が多いのだろうか。
植民地になったことがないためか、日本人は自ら望んで、英語圏の奴隷になりたいのだろうか。

母語で自分の意見を発言することが、基本的人権の一つである。
英語だけが大切だと勘違いしている人は、40ページからの 「多言語世界と通訳翻訳」 の部分で、EUの言語政策について読んでほしい。
EUでは加盟国の23言語を全て公用語としており、通訳と翻訳に予算の 0.8% をかけているが、基本的人権を確保するための必要経費という思想である。

社長や首相などのリーダーが英語で話すかどうかより、日本語で論理的な話ができるかどうかが重要だ。
そして相手が外国語話者ならば、通訳者・翻訳者という専門家に任せてほしい(そうすれば私の仕事も増えるし)。

部長が私の副業翻訳を認めてくれている理由の一つには、私がドイツ語資料を読む手伝いをしていることだけではなく、英語の見積書を作成したり、社外向け資料で実験の部の英訳をしたり、さらにはオランダ語で書かれた実験ノートを解読した実績を評価してくれているからだと思う。

このように社内にいる通訳・翻訳ができる人材の活用を考える方が、社員全員に英語を習得させるよりもコストはかからないかも。

また、著者が指摘しているように、日本は翻訳大国とも言える国で、世界の様々な文学作品や研究著作が日本語で読めるという、日本人にとっては幸せな国でもある。
そして日本語を学ぶ外国人、特に研究者の動機として、日本語に翻訳された本を利用できるから、ということもあるそうだ。


第二章では、企業も学生もそのスコアを気にしているTOEICと、比較としてTOEFLを取り上げている。
ここで気になることは、TOEICで900点を超えていても、相手のペースになってしまい反論できないと感じている人が1割以上もいるということだ。
TOEICスコアばかり気にする人は、71ページからの、「英語力より重要なもの」 をよく読んでほしい。

【ここで重要なのは、日本人が「相手の聞き役」になりがちで、「反論できない」 「発言のタイミングを逸してしまう」という悩みは、英語力の問題ではなく、むしろ社会文化的要因が大きいという点である。そのような原因を無視したまま、すべてが「英語力不足」に起因すると考え、スコアを挙げることだけに必死になっても、コミュニケーションの問題は解決しない。

応用言語学の視点から見ると、…背景知識の不足が大きく影響している。話されていることの背景を知らないと、言葉が聞こえても何のことか理解することが難しく、当然ながら内容がわからなければ積極的に討論に参加するなどは望めない。…】


第三章では、文部科学省や審議会などの言う、「仕事で使える英語」 とは何なのかについて論じている。
職種によって使う英語のレベルが異なることや、どのくらいのレベルを目指すべきか、そして学び方のアドバイスがある。
この章のまとめとして、英語学習を効果的に進めるために、3点が挙げられている。

【第一は、自分は何のために英語を学ぶのかという目的を明確にして、自分の英語を作り上げること
第二は、国際共通語としての英語を学ぶ意味を認識して、ネイティブ信仰の呪縛から自由になり、自分の英語に自信を持つこと
最後に、自分に合った方法を見つけ、自律的に学ぶことだ。】

英語学習に限らず、「自律性」 ということは欠かせない条件で、「英語ができないとクビ」 などと脅されても効果はあまりない。
文部科学省や英語公用語化推進派、そして強迫観念を持った保護者により、「英語ができないと就職もできない」 などと子どもたちに言い聞かせても、無理強いされた学習では、優秀な英語話者が育つことはないだろう。


第四章では、首相や社長などのトップリーダーが、英語に堪能であるべきかどうかを取り上げている。
導入部には、日本の歴代首相の笑えない事例があるが、リーダーに必要なのは判断力や決断力であり、英語がある程度話せることを披露するような危険なことはやめて、英語は優秀な通訳に任せればいい。


第五章では、経済界からの圧力により、「学校英語教育は役立たず」 という意識が植え付けられ、学習内容が読み書き文法を軽視するようになり、コミュニケーション志向にシフトして、逆に貧しい英語力となってしまったことを論じている。

この章では具体的な解決策までは提示されていないものの、日本人教師のレベルアップに加えて、ネイティブアシスタントとのチームによる教育方法の再検討が必要だと感じられる。


私が一番気になった章は、第六章の 「英語力より重要なもの」 である。
現在の不況では、有利と言われる資格を持っていても、それだけでは食べていけないのだから、英語だけ能力が高くても、それで仕事ができると判断してもらえるわけがない。

私がTOEICを受験して、2回目で830点を取ったのは、転職の履歴書に書くためであった。
ある民間企業の研究員の募集で、「博士でTOEIC800点以上」 という条件があったので、仕方なく受験したと言ってもよい。

英語力は確かに武器の一つにはなるかもしれないが、それだけで勝負できるわけではない。
エアバス・ジャパンのグレン・S・フクシマ会長は、ビジネスパーソンの資質として、「楽観性・柔軟性・バランス感覚」を挙げているそうだ。
また、フクシマ会長がビジネスパーソンに役立つとして紹介した格言が6つ紹介されている。

「付加価値をつける」 ということも、自分の専門性で勝負するためには考慮すべきことだろう。
英語以外の外国語ができるのか、専門職としてどのような特殊能力があるのか、これまでの職歴で傑出した成果を出しているかなど。

私の場合は、有機化学研究者という専門性が一番にあり、他社特許などの実験方法の間違いを指摘できるだけの自信を持っていることが、日々の業務では英語能力よりも重要である。
その上で報告書をまとめたり、危険物管理者として実験室内の危険性を察知したり、そして英語・ドイツ語の文献を読むときに苦労しない能力が備わっていることが強みだ。
また、必要に迫られてオランダ語実験資料を解読したり、捕鯨問題への興味からノルウェー語、デンマーク語、アイスランド語をかじったりするのも、会社内では珍しい存在として評価され、契約が継続していると思われる。

過去記事にも書いたが、英語さえわかればドイツ語なんか知らなくてもよいと言う化学研究者、英語ができるのに仕事が全くできない社員、留学して英語ができるようになれば自分をバカにした者たちを見返すことができると信じている人など、勘違いしている人たちに出会ってきた。

そんな人たちがこの本を読むとは思えないが、終章の 「日本人にとっての英語」 だけでも立ち読みでもいいから読んでほしい。

日本人は、母語である日本語で教育を受けられ、日本語で考えて発言できるという、基本的人権を意識すべきだ。
もし国際社会が、「英語を話さないのなら日本人の発言は無視する」 と決めたら、闘わずに従うのだろうか。

日本に進出した外資系企業でも、英語を使う必要がある会議では社内通訳者が活躍するし、プレスリリースや新製品パンフレットなどの資料でも専門の翻訳者がいるのだから、社員全員に英語能力の向上を強制することはない。

また、英語を話さなくても、映画監督としても活躍している北野武氏の場合などは、日本語で話したとしても、その話の内容が聞く価値のあるものであれば、通訳者が英語やフランス語などに、誤解のないようにきちんと通訳すればいいのだし。

英語ができるかどうかで人間の価値を決めようとする意識こそ、日本人の人権意識の低さを示しているのではないか。
日本人全員が英語を話せるようにするというのは、全員をマラソン選手に育てる、と同じくらいおかしな考え方だと思う。

では翻訳作業に戻ろう。

テーマ : 英語・英会話学習
ジャンル : 学校・教育

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MarburgChemie

Author:MarburgChemie
製薬メーカー子会社の解散後、民間企業研究所で派遣社員として勤務していましたが、化学と語学の両方の能力を活かすために専業翻訳者となりました。

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