NASA発表の「ヒ素で成長する細菌」は「ヒ素存在下で生存できる細菌」に変わった?

NASAの宇宙生物学研究チームは2010年12月2日に、「リンの代わりにヒ素を利用して成長し繁殖する細菌」の発見を報じた。
www.nasa.gov/topics/universe/features/astrobiology_toxic_chemical.html

その新事実を記載した論文は、同日に Science 誌オンライン版で発表された。
www.sciencemag.org/content/332/6034/1163.abstract

主著者の Felisa Wolfe-Simon 博士は現在、アリゾナ州立大学で研究しており、彼女のHPから論文はダウンロードできる。

felisawolfesimon.com/papers/WolfeSimon_etal_Science2010.pdf

この発表直後は、否定的な見解が多数派であり、培養方法や分析法を間違えたという批判もあった。
そういった批判や疑問点への回答が、2011年5月27日のオンライン版に掲載された。
www.sciencemag.org/content/332/6034/1149.10.full
felisawolfesimon.com/papers/WolfeSimon_etal_TR_Science2011.pdf

実験結果に少々疑問点があっても、学術専門誌というものは学会と同様に、学者同士の議論の場を提供することも、存在意義の一つである。
したがって、不思議な結果が見つかった場合には、より多くの科学者の検証を受けるためにも、論文掲載は意味があったはずだ。

その後も検証実験や議論は続いているようだが、私は全ての情報を把握していないので、ドイツ紙 Frankfurter Rundschau の解説記事を読んでみた。
www.fr-online.de/wissenschaft/mikroorganismen-zweifel-an-nasa-wunderbakterien,1472788,11088770,item,1.html

生体を構成する主要6元素は、酸素、炭素、窒素、水素、硫黄、リンであり、毒性のヒ素を利用する生物が存在することは非常識だと思われた。
SFの世界では、炭素の代わりにケイ素を使った生命体が登場するが、リンの代わりにヒ素を使うことは受け入れにくい考えであった。

ただし、哺乳類の赤い血液は鉄が結合したヘモグロビンだが、軟体動物などは銅が結合した青いヘモシアニンなので、生物によって使う元素が異なることはあるし、塩湖という厳しい環境でヒ素を使う微生物がいたとしても不思議ではない。
そのためか、同僚の評価では、ヒ素を使う生物だという見解を Wolfe-Simon 博士が持っていたとしても、信頼できる科学者であるとのことだ。

ただ、様々な批判に再度回答するためにも、Wolfe-Simon 博士は、厳密な実験を続けているという。
そして1年前のNASAでの会見とは異なり、非常に慎重な発言に変わったそうだ。
つまり、「ヒ素を利用する細菌」ではなく、「ヒ素存在下で生存可能な細菌」という表現に。

ごく最近になって、この細菌の培養条件が改良され、生体分子の構造解析や物質循環についての新知見が得られたという。
昨年の論文を修正するのか、それとも補強する結果が得られたのか、今後の発表に注目しておこう。

ところで、どの研究分野でも、例えば解析した分子構造が間違っていたことに気付いて、訂正論文を出すこともある。
ねつ造は論外だが、慎重に実験結果を解析していても間違うことはある。
間違っていることを他の研究者から指摘されることもあるが、冷静に受け止め、正直な科学者として訂正する態度が大切だ。

今回の細菌の論争の結末がどうなるのか、もう少し待ってみよう。

追記(2012年07月09日):
2つの研究グループがそれぞれ独立に、この話題の細菌GFAJ-1の検証を行い、7月8日にScience 誌の速報版で論文が公開された。
www.sciencemag.org/content/early/2012/07/06/science.1219861.abstract
www.sciencemag.org/content/early/2012/07/06/science.1218455.abstract

結局は、リンが微量の環境でも生育可能な細菌であることが判明し、そして高濃度のヒ素は生育に影響しない。
また、DNA分子中にはリン原子が存在し、ヒ素原子と置換してはいなかった。

このように自然科学研究とは、試行錯誤・紆余曲折を経て、様々な間違いを犯しながら、時間をかけて真実に近づく活動なのだ。

(最終チェック・修正日 2012年07月09日)

テーマ : 博物学・自然・生き物
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

MarburgChemie

Author:MarburgChemie
製薬メーカー子会社の解散後、民間企業研究所で派遣社員として勤務していましたが、化学と語学の両方の能力を活かすために専業翻訳者となりました。

FC2カウンター
カテゴリ
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR