「Carina sprial arm」は銀河系の「りゅうこつ渦巻腕」であり花びらの「竜骨弁」ではない

翻訳の勉強法はいろいろあるが、既に日本語に翻訳された文章と、原文とを対比しながら読み比べる方法もある。
高校や大学のときに、「対訳本」という副読テキストで勉強した人もいることだろう。
対訳本がなくても、今では通販を利用して外国語書籍も手入しやすくなったので、日本語訳本と並べて学ぶこともできる。

また、書籍ではなくても、外国語ニュース配信サイトの日本語版が増えているので、元記事と比較することも選択肢になるだろう。
ただし、契約しているニュース翻訳者が、翻訳対象分野の専門知識を持っていないためなのか、明らかな誤訳や訳語の選択ミスに出くわすことがある。

今日もAFP日本語版で誤訳を見つけたので、問い合わせフォームを使って修正の要請をした。
これは意地悪をしているのではなく、ブログの引用などで誤訳が広範囲に広まることを早めに阻止したいためだ。
また、私も翻訳をしているため、誤訳をしないように自らを戒める意味でもある。
それに、誤訳などを見つける練習をすることは、チェッカーの仕事につながるので、いつ頼まれてもよいように準備しておく意味もある。

それで、誤訳を見つけた11月8日のAFP記事は、【星の宝石箱、巨大星雲「NGC 3603」】である。
www.afpbb.com/article/environment-science-it/science-technology/2839477/8031065
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【米航空宇宙局(NASA)が4日に公開した巨大な星雲NGC 3603の画像。地球から約2万光年離れた天の川銀河(Milky Way Galaxy)の竜骨弁渦巻腕(Carina spiral arm)にあり、幅は17光年に及ぶ。】
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ここで Carina spiral arm は、「りゅうこつ渦巻腕」が正しい(「りゅうこつ腕」とすることもある)。

植物学で carina は花びらの一種の「竜骨弁」であるが、この記事は天文学分野だし、しかも大文字で始まる Carina は星座名で、「りゅうこつ座」のことである。
英語版のAFP記事が見つからなかったので、AFPがNASAから引用したと仮定して、以下に引用しておく。
www.nasa.gov/multimedia/imagegallery/image_feature_2099.html
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【Thousands of sparkling young stars nestled within the giant nebula NGC 3603. … NGC 3603 is a prominent star-forming region in the Carina spiral arm of the Milky Way, about 20,000 light-years away. … The image spans roughly 17 light-years.】
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AFPに限らずニュースサイトでは、フリーランス翻訳者と契約していることが多く、募集サイトで公募していることもある。
日本時間の朝までに和訳記事を提供するために、全世界に翻訳者を確保して、時差をうまく活用しているニュース配信会社もある。

私は日本人で日本語が母語だから、時間のない出勤前などは、外国語記事を読むよりも、当然ながら日本語記事の方が理解が早い。
日本語記事で内容を把握した後ならば、関連する外国語記事を読むとき、訳語の選択などに迷うこともなく、理解が早くなる。

ところが、今回引用したAFP記事のように、天文学分野では絶対に使わない日本語が出てきたり、前後の文脈から意味不明の場合に出くわすこともある。
すると、元になった外国語記事を探し出して、該当する部分を比較して、原文が間違いなのか、翻訳者が間違ったのか、確認しなければならない。

それでは、どうしてこのような誤訳・訳語の選択間違いが発生するのだろうか。
原因の一つとして、よく言われている「理系と文系の断絶」がある。
つまり、高校の時点で文系クラスに進んだ生徒は、基本的な自然科学の教育を受けずに卒業してしまう。
独学で専門知識を学ぶ意欲のある人でなければ、単に辞書にある単語をそのまま転記してしまう程度の翻訳をしてしまうだろう。

もう一つの原因は、翻訳者が、使っている辞書を信用しすぎていることだ。
以前、クジラの名称が間違っていることを指摘したとき、担当翻訳者がオンライン辞書を使っていたことを告げられた。
調べてみると、そのオンライン辞書自体が間違った訳語を採録していたと判明し、私の指摘でそのオンライン辞書は修正された。

今回の Carina の誤訳も、使った辞書の語義説明をそのまま転記しただけの不注意が原因だろう。
例えば、スペースアルクのサイトに掲載されている「英辞郎 on the WEB」で、「Carina」を入力して検索すると、人名以外の名詞は次のように出る。

carina  【名】  《動物》竜骨  《植物》竜骨弁

残念ながら、星座名の「りゅうこつ座」すら採録されていないため、翻訳者はそれ以上調べることもなく、時間もないのでとりあえず「竜骨弁」としてしまったのだろう。
天文学の知識がなかったとしても、銀河系の構造について調べれば、「りゅうこつ腕」やなどの専門用語はすぐに見つかったはずだ。

確かに最優先事項は、納期を守ることなのだが、専門外の分野の翻訳をするときには、ネット検索も含めた調査能力が問われている。

私は年間約1万円を支払って、研究社のKODという複数の辞書を同時に検索するサービスを利用している。
kod.kenkyusha.co.jp/service/

通常の英和辞典だけでなく、理化学英和辞典・医学英和辞典など、専門用語を調べるために必要な辞書も提供している。
ただし残念ながらKODでも、「Carina spiral arm」としては採録されていないが、星座名の「りゅうこつ座」は掲載されている。

辞書だけではなく、例えば生物学辞典など1万円を超える専門書も、必要ならば投資すべきだ(確定申告では必要経費にできるし)。

ここまでは翻訳者のレベルの話をしてきたが、最終的な責任は、日本語訳を校閲して掲載を決めた担当者にある。
こんな誤訳がそのまま公開されるということは、AFP日本語版の運営会社に自然科学分野の知識を持つ人材がいないことをうかがわせる。
まあAFP日本語版については、誤訳などを指摘すると真摯に対応してくれるのでまだましだが。

私は休日中心の副業翻訳者のため、納期が厳しい設定のニュース翻訳には向いていない。
翻訳者としては採用されないだろうから、チェッカーのつもりで、これからも誤訳を指摘することにしよう。
誤訳だと気付くことも、翻訳者としての能力を伸ばすことだと信じて。

追記(11月9日):
本日9日19時過ぎに記事を確認したところ、「りゅうこつ腕」に修正されていた。
また、担当部署からは今回も、指摘事項について修正した旨のメールが届いた。

誰でも勘違いなどで誤訳をするし、日本語で書いていても漢字を間違えることも多い。
私もお金をもらう翻訳をするときには、いつも誤訳への恐怖感があり、何度も見直してしまう。
それでもタイプミスの他にも、誤訳や訳語の不統一に納品後に気付いて、修正版をすぐに作成して送信することがある。
他人のミスに気付くのに、自分のミスを見逃してしまうことがあるので、推敲は1日空けて第三者的立場からチェックするようにしている。

ブログ記事でも、社内報の記事や研究報告書でもそうだが、書いた翌日に見直すと、読者に真意を伝えるためには、修正した方がよい個所がいくつも見つかる。
文章を書く練習として、または日々のできごとのメモとしてブログを書いているが、外国語情報を和訳するときは正確な翻訳を心がけ、そして読者にとって読みやすい文章を書くように努力を続けたい。

(最終チェック・修正日 2011年11月09日)

テーマ : 英語
ジャンル : 学問・文化・芸術

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MarburgChemie

Author:MarburgChemie
製薬メーカー子会社の解散後、民間企業研究所で派遣社員として勤務していましたが、化学と語学の両方の能力を活かすために専業翻訳者となりました。

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