インドで新薬治験を実施するのは死亡時補償金が少なくて済むから?

医薬メーカー子会社で勤務する私は、新規化合物の開発には直接携わっていないが、合成中間体の受託合成で貢献している。
自分が作った化合物ではないものの、親会社の医薬品開発状況は気になるものだ。
また、既に販売されている医薬品についても、副作用情報が出ていないかどうかも気になる。
私の姉は、医師の判断ミスにより間違った薬を投与され、副作用で長年苦しんだから、なおさら気になる。
加えて今年は母が、医師の勧める新薬に切り替えた後に皮膚障害の副作用が出たため、余計気になっている。

「薬と毒は紙一重」や、「くすりのリスク」と言われるように、よく効く薬ほど、重篤な副作用を伴うことが多いような気もする。
動物実験などで安全性試験はしているものの、最終的にはヒトで治験をしなければ、本当に効く薬なのか、そしてどのような頻度で副作用が出るのかはわからない。

新規化合物を合成するのも大変な作業だが、新薬候補の治験も開発コストの大半を占めている。
しかも先進国で治験ボランティアを集めると、協力医療機関に支払う金額や、もしもの場合の補償金がさらにコストを上げる。
ということで最近は、インドでの治験実施が注目されている。

巨大医薬企業のファイザーやメルク、バイエルなどがインドで治験を実施しているが、死亡例を公表していないなど、市民監視団体やジャーナリストから告発されている。

インド厚生省の調査では、2007年の治験ボランティアの死亡例は137件だったが、2008年は288件、2009年は637件、そして2010年には668件と増加傾向にあるという。

ドイツ紙 ZEIT Online の11月7日の記事では、バイエルのインドでの治験に疑問を持つ団体の抗議活動が紹介されている。
www.zeit.de/wissen/gesundheit/2011-11/pharmatests-indien/komplettansicht

その抗議団体、Coordination gegen BAYER-Gefahren のHPと、10月25日付け抗議文・質問書は次の通り。
www.cbgnetwork.org/1.html
www.cbgnetwork.org/downloads/Offener_Brief_Pharmaversuche_Indien

アスピリンで有名なバイエルだが、医薬だけではなく、化学製品や農薬なども含めた巨大企業体である。
www.bayer.com/

そのプライドなのか、それともインドでの治験で知られたくないことがあるのか、現時点では、抗議文を無視したままにしている。
バイエル側の公式見解としては、法的・倫理的観点からも、治験の手法を遵守しており、問題はないということのようだ。
ただし、インド側の監視機関が機能しているのかどうか、この点には疑問があるとインド国内でも言われている。

インドで治験を行うメリットとは、多人数の治験ボランティアを集めやすく、そしてコスト面での魅力があるからだ。
インドでは英語が公用語の一つなので、中国よりもメリットがあるとされているが、それは表向きの理由で、真の理由は何度も強調するがコスト面だ。
1年間で治験に参加するインド人は10万人から15万人と言われ、大都市デリーだけで集めることは可能だ。

そしてこれが批判の一番の矛先と思われるが、治験中に死亡しても補償金が日本円で30万円前後で済むため、コスト面でのメリットが大きいと指摘されている。
加えて、副作用に起因して死亡した事例はなぜか少なく、その他多数の死亡例では、治験参加者に既往症があったのかどうかも不明という扱いのようだ。

先ほど、インドでは英語が通じると書いたが、デリーのスラム街や旧市街の狭い路地に住む最貧困層では、英語の同意書を読むこともできず、治験の内容やリスクも理解できないだろう。

BRICsの一つであるインドは、今後の人口増に伴う経済発展と共に、医薬品マーケットとしても期待されている。
しかし、それはやはり表向きの期待であり、バイエルなどの巨大企業に搾取される対象となってしまうと思われる。

今回の記事を読んで思い出したのは、20年以上前に起きた、ボパール化学工場事故である。
有毒なイソシアン酸メチルの漏えいにより、数千人が死亡した。

当時のニュースでは、事故を起こしたアメリカの会社幹部の、恐ろしい発言を伝えていた。
「もし事故が起きた時、アメリカ人一人が死亡しただけで大金を払うことになるが、インドならば何千人死んでも支払いは可能だ。だからインドに工場を建設した。」というものだ。

この意識は今でも生きているのだろうか、欧米の巨大企業は以前から、インドや中国などに生産拠点を移している。
表向きの理由は、人件費などのコスト面と、新興市場への供給が迅速にできるということだが。

コンプライアンスだとか社会貢献だとか、企業はいろいろと宣伝しているが、実は裏では恐ろしいことを進めているのかもしれない。

テーマ : 医療・健康
ジャンル : ニュース

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Author:MarburgChemie
製薬メーカー子会社の解散後、民間企業研究所で派遣社員として勤務していましたが、化学と語学の両方の能力を活かすために専業翻訳者となりました。

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