ハイデルベルク信仰問答の問1でdass副文中の語順の例外が出てくる

私が活動しているプロテスタント教会では、キリスト教入門講座でハイデルベルク信仰問答を学んでいる。
オリジナルはドイツ語で書かれているが、全員がドイツ語を読めるわけでもなく、日本人なので吉田隆訳(新教出版)で学んでいる。

私は教会ではドイツ語担当ということになっていて、「この和訳でよいのだろうか」などと質問があると、調べて答えなければならない。

例えば問52の答で、「御自分とわたしの敵を…永遠の刑罰に投げ込まれる」について、「『キリストが御自身を永遠の刑罰に投げ込む』と、誤解する可能性はないか」という質問があった。
そこでオリジナルを調べて、「御自分の敵、すなわち
私の敵でもあるすべての敵を…」という私訳を示して、納得してもらったことがある。


別の人からは、現代ドイツ語に書き直されたハイデルベルク信仰問答を使って、読みやすい和訳を考えてほしいと頼まれたこともある。
1997年の改訂版(2012年に新正書法に修正)は以下のリンクで確認でき、和訳もすでに発表されている。
www.heidelberger-katechismus.net/8261-0-227-50.html
uraga-church-07.seesaa.net/ (日本基督教団浦賀教会・楠原博行牧師)

私が和訳する必要はなくなったようだが、神学生とのドイツ語勉強会で取り上げる題材として、ハイデルベルク信仰問答はふさわしいと思っている。
市販のドイツ語テキストよりも、聖書に関するドイツ語を読む方が、興味をもって取り組んでくれるからである。

ということで、問1とその答で使われる語彙や文法項目について資料を作り始めた。

最初から、特殊な男性弱変化名詞の Wille が出てくるし、2格目的語をとる形容詞 gewiss など、基礎文法の説明を3回しただけの神学生には大変な内容となりつつある。

そして dass副文で、定形の位置が通常とは異なる例が出てきたため、どのように説明すべきか、いろいろと調べては悩んでいる。

その dass副文を抜粋して示すと、次のように副文の文末が fallen kann ではなく、kann fallen となっている。
“er bewahrt mich so, dass ... kein Haar ... kann fallen,“

主語以外が長いときに語順を変えてもよいのか、それとも kann fallen lassen の省略形と考えるのか。

あるいは、kein Haar ... kann の枠構造を先に作っておいて、fallen を枠外配置したのだろうか。
この場合、「髪の毛一本にも起こることはない、落ちることすら」という強調表現と考えるのだろうか。

手元の文法書には書いていないため、大学図書館にでも行って調べるしかないのだろうか。
それともNHKやDUDENに質問を送って、専門家に解説してもらうべきなのだろうか。
もう少し調べてみてから、勉強会の資料に反映させよう。

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

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MarburgChemie

Author:MarburgChemie
製薬メーカー子会社の解散後、民間企業研究所で派遣社員として勤務していましたが、化学と語学の両方の能力を活かすために専業翻訳者となりました。

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