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誤訳を生み出す「なんとなく翻訳」をやめよう

私が翻訳だけでなくチェッカーもしているのは、他者の翻訳を見ることで勉強になることに加えて、私自身も誤訳をしないようにと戒める、謙虚な意識が持続できるからでもある。

これまでも何度か、ドイツ語翻訳の人材が足りないことを書いてきた。
特に理系の知識を持つ人材が足りないため、ドイツ語特許翻訳者を募集しても、どこかの会社で既に専属になっている人が多いのか、なかなか見つからない。

また、ある特許関連の会社が、有名大学文学部にリクルートに行ったのだが、学生は全く興味を示さなかったという。
高校のときに、受験科目ではない理科を勉強しなかった学生もいるだろう。
そのため、以前書いたように、元素名の「ケイ素」を「シリチウム」や「ジリチウム」にしても違和感を持たないドイツ語翻訳者が存在するのだ。

専門用語の調査をしていないだけではなく、慌てて読んでいるのか、基本的な文法も無視した、「なんとなく翻訳」による誤訳を何度も経験していて、修正に苦労することもある。

チェッカーの料金は時給制のこともあるが、予算の都合なのか、翻訳者に支払われる料金の10分の1未満ということもある。
そのため、チェッカーをしたいという人が少ないとも聞く。

翻訳者になることを勧める書籍や雑誌もあるが、「なんとなく翻訳」をしないという決意をもって参入してほしい。

以前から取引している海外の翻訳会社でも、主に化学・機械・電子部品分野のドイツ語和訳を受注していて、時間の都合上、8割くらいがチェッカーの仕事である。

EUでは今年から個人情報保護の規制が厳しくなったため、企業ホームページなどのプライバシーポリシーの和訳の仕事が増えている。
これに関連するドイツ語和訳のチェックでも、「なんとなく翻訳」に遭遇して苦労した。

最近発達している機械翻訳を批判する人もいるが、人間の方が品質のばらつきが大きくて、機械翻訳のポストエディットよりも苦労する場合もある。

1つ例示すると、widerrufen という動詞、それから派生した名詞 Widerruf、形容詞 widerruflich。
共通して「取り消し・撤回・破棄」という意味を持つが、翻訳者は、なぜか 「再呼び出し」 という意味に解釈していた。

前綴りの wider.. は、「反対・対抗」を意味するが、同じ発音の wieder.. 「復元・反復」と混同されることがある。
翻訳者も勘違いして、「同意事項の取り消し」 となるはずが、「同意事項の再呼び出し」と和訳したのかもしれない。

ただし、wiederrufen / Wiederruf / wiederruflich という単語は、少なくとも DUDEN には存在しない。

グリムで探すと、動詞 wi(e)derrufen が採録されていて、zurückrufen と語義説明が書いてあるが、これは 「呼び戻す」 というよりは 「(不良品などを)回収する」と解釈した方がよいだろう。
woerterbuchnetz.de/cgi-bin/WBNetz/wbgui_py

このグリムの記述をもとにして、「同意事項の再呼び出し」だと主張しても、文意からありえないので、誤訳と判定した。

ネット検索などで見つかった場合でも、wider.. を wieder.. と誤記したものがほとんどだ。

例えば、クーリングオフの説明では、タイトルが 
Widerruf になるはずだが、次のリンクのように、Wiederruf と誤記しているドイツ語サイトもある。
deutsche-delikatessen.de/wiederruf/

今回の翻訳者は他にも、原文にないことを付け加えたり、逆に必要な単語が欠落したりと、修正箇所が多かった。

基本的な単語の Missbrauch でも、「個人情報の悪用」のはずが、「個人情報の誤用」となっていた。

また、冠飾句を知らないのか、修飾関係が全く対応していないところもあり、それらしい文章に見えるように和訳を作っているという印象だ。

日本語だけ読むと、それらしきことが書いてあるが、よく読んでみると、説明の対象が限定されていないため、特定のウェブサイトのことを言っているのか、それともネット利用の一般論を説明しているのかわからなかった。

別の案件では、免責事項の説明で
否定詞の訳抜けがあり、「責任を負いません」となるはずが、「責任を負います」と、正反対の和訳になっていた。
ドイツ語原本が優先するから、日本語版の誤訳を基にして法的責任を問うことはできないが、推敲時に違和感を持たなかったのだろうか。

勘違いによる誤訳は私もするが、大部分は推敲のときに見つけて、なんとかまともな翻訳を納品していると思う。
最初から完璧な翻訳をするのが理想だが、誤訳をしていることを前提に、第三者的な見方で推敲をして、クライアントの信頼を得ると共に、チェッカーの仕事を通じて、「なんとなく翻訳」が減るように貢献したいものだ。

テーマ : 語学の勉強
ジャンル : 学問・文化・芸術

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MarburgChemie

Author:MarburgChemie
製薬メーカー子会社の解散後、民間企業研究所で派遣社員として勤務していましたが、化学と語学の両方の能力を活かすために専業翻訳者となりました。

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