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ラセミ体の「分解」とは?

日本の翻訳者の統計が見つからないので推測だが、理系研究者の経歴を有する翻訳者の割合は少ないように思う。
それは、特許の和訳での化学専門用語の誤訳事例からも感じている。
これに関して、先日行われた大学研究室のオンライン同窓会でも話題にした。

大学で化学を専攻していなくても専門書で独学すれば誤訳しないはずだ、と言われればそうだが、翻訳者だけではなく、チェッカーや担当の弁理士も含めて、誰も気付かなかったのは残念だ。

今回の例は、下に示したように、ラセミ体の分割ラセミ体の分解とした和訳だ。

その箇所は、英語では、resolution of the racemate

私も含めて化学者が読めば、ラセミ体から光学活性体を得るために分ける resolution なので、「分割」がすぐに浮かぶ。

しかし、この「分割」を挙げている辞書が少ないためか、「分解」としている和訳に出会うこともある。
「分解」と書いてあると、degredation や decomposition なので、分子構造が変化して、別の物質になったことになる。

例えば、化学・英和用語集第3版(化学同人)では、resolution と動詞の resolve は次のように記載されている。
resolution 分割<ラセミ体>分解,分解能;分離度
resolve  分ける;分割する分解する

また、mesotomism も 分割、光学分割 の意味だが、私は使ったことがない。

英辞郎を参考にする人も多いようだが、化学用語としての項目に「分割」はない。
《化学》〔化合物の〕分解、溶解 

もし、英辞郎の記載を根拠にしたのであれば、調査が足りない、専門用語を知らないと言われても仕方ない。

また、このような特許が対訳データとして登録されてしまうと、機械翻訳では自動的に「分解」という和訳も候補として表示することだろう。

JAICI Science Dictionary Pro でも、「分割」は載っていなかった。
来年の利用料を振り込む連絡のときに、ついでに登録を依頼しておこう。

ただ、resolution ability 分割能 optical resolution 光学分割、光学的分割 racemic resolution ラセミ体分割 があるので、「分割」にたどり着くことはできるかもしれない。

「分割」にたどり着かなくても、せめて「分離」にしていれば誤訳ではない。

様々な専門書で独学できるとは言え、その分野の専門家が翻訳した方がリスクが少なくなるはずだ。
私がドイツ語を知っていても、ゲーテやカントの翻訳はできない。
理系研究者の進路の1つとして、特許翻訳も考えてほしいものだ。


ラセミ体の分解

テーマ : 英語
ジャンル : 学問・文化・芸術

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MarburgChemie

Author:MarburgChemie
製薬メーカー子会社の解散後、民間企業研究所で派遣社員として勤務していましたが、化学と語学の両方の能力を活かすために専業翻訳者となりました。

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